■Little Princess■


「口紅はこの色にしましょうよ。」
「ねえ、リボンも付けてみない?」

ロイ・マスタング大佐が通りがかると、そこは何やら妙に盛り上がっていた。

そこにいるのは通信のオペレーターやら、資料室勤務やら・・・主に後方支援が仕事の若い女性ばかりだ。
もちろん階級はロイとは比べるべくもないが、東方司令部の女性のことは全て把握しているロイとしてはよく知った相手ばかりだ。
その彼女らが何かを囲んで盛り上がっているらしいが、中心に何があるのは見ることは出来ない。
「何を楽しそうにしてるのだね?」
気軽に声をかけると『あらマスタング大佐』とこれまた気軽な、だが嬉しそうな返事が返ってきた。
まあロイ・マスタング大佐に声をかけられて不機嫌になる女性は、東方司令部にはあまりいない。
どんな風に粉かけられても動じる様子を見せない女性なら、彼の副官に一人いるが。
まあそれはともかく、彼女らの中心にいるのは人間であるらしく、突然のロイの登場に抗議するような声を上げたようだったが、その声はかしましい女性達の笑い声にあっさり飲まれてしまった。
「うふふふ、ちょっと見てくれます?」
女性がこんなもったいぶったような笑みを浮かべる時は大抵ろくな事がないなどと思いながら、モーゼの十戒のごとくさっと左右に分かれた女性達の中心にいた人物に注目した。

そこには肩を少し越すくらいに伸びた金色の髪をふわりと垂らした、目つきは少々きついが整った顔立ちの少女がいた。
いや、少女と言うのは本来は失礼だろう。だが、今のこの出で立ちはそうとしか呼びようがなかった。
「ほう、これは・・・・・」
顎をさすりながらその『少女』を見て、ロイは感嘆の声を上げた。
「どうです?マスタング大佐。」
彼女らは自分たちの「作品」に自慢げな顔をする。
「なかなかの美少女だね。」
「そうでしょう?きっと似合うと思ったんですけど、予想以上で私たちもビックリしているんですよ。」
最初にロイに声をかけられた、通信室の女性は嬉しそうな声で言った。
「もっとよく見せてくれるかね?鋼の。」
鋼の・・・・・そう呼ばれた美少女、いや、鋼の錬金術師エドワード・エルリックは、嫌そうにそっぽを向いた。
ここにいる女性陣にやられたのであろう、綺麗に化粧を施された顔のままで。




ありていに言えば鋼の錬金術師エドワード・エルリックは軍の女性陣に掴まって、おもちゃにされたというところだろう。
小柄で存外整った顔立ちの彼を見て、誰かが化粧でもさせたら似合いそうだなどと言い出したのだろう。
きつく三つ編みにした長い髪も、その発想に拍車をかけたのかも知れない。
しかしまあ・・・・いくら美形で似合いそうだと言っても、普通は男に女装をさせればどこか無理が出るものなのだ。
それが彼の場合実によく似合っている。本人にとっては不本意だろうが。
それはまだ大人になりきらない彼の年齢からくるものなのかも知れないし、髪が長い為、かつらなど、どうしても違和感の出る余計な物をつけなくていいせいかも知れない。
どちらにしても本人は面白くないであろうことは、苦虫をまとめて噛み潰したような表情から見て取れる。
いつもならこんなことされればとっくに暴れ出してるところだろうが、流石に女性が相手ではそうもいかないらしく、不本意ながら大人しくされるがままになっているのだ。
「まあそんな顔をするな。せっかくの綺麗な顔が台無しだぞ?」
「・・・・大佐、殴られてえのかよ。」
エドの顎に手をかけて軽く上を向かせる。そう、まるでキスでも迫るかのように。
普通の女性ならこの状態でロイに見つめられれば一発で参ってしまうところだ・・・・あいにく彼は女性ではなかったので、ますます不機嫌そうな顔をしただけだったが。
二人のやり取りに、周りの女性陣がきゃあきゃあ言って喜ぶ。

「でもエドワード君本当に素敵よ。今度ワンピースでも着てみる?」
私の妹がレースのたっぷりついた可愛いの持ってるの、と言われて、エドは座らされている椅子ごと後ずさった。
「勘弁してよ、オネエサン・・・・・・」
がっくりとうなだれた彼を見て、また周りが可笑しそうに笑った。
そういう反応を期待されているのだから無理もない。
結局のところ、やはり軍部に子供が出入りしているというのはやはり誰にとっても珍しい。
特に若い女性陣にとっては、相手は10代の少年ということもあって、色々いじりたくなるという事なのだろう。



ここでこうやって女性陣のおもちゃにされているエドを見ているのもなかなか楽しいが、いつまでもこうしている訳にもいかないので仕方なくロイはエドの救出を計る事にした。
「さて、ここでこうやっているのも楽しいが、鋼のには仕事の話があるのでね、連れて行っても構わないかね?」
上官にそう言われては、否やを言うことは出来ない。
もちろん彼女らもちょっとした遊びであって、いつまでも彼を拘束しておくつもりはないのだ。
「あら残念。またね、エドワード君。」
今度はスカートもはいて見せてね、などととんでもない事を言いながら女性陣はあっさり解放してくれた。
「冗談じゃねえよ!」
そう言うとエドは、この場の救い主となったロイと連れだって足早に加害者達の元を後にした。





「サンキュー。助かったよ、大佐。」
解かれた髪を器用に三つ編みに編み直しながら、珍しくエドが素直にロイに対して礼を言う。
「何、いつまでも遊ばせてる訳にもいかんからな。」
にやりと笑って、ロイはもう一度しげしげとエドの顔を見た。
「しかし本当に美人だな、男にしておくのがもったいないくらいだ。」
「変な冗談やめろよ、大佐。」
自分を見つめるロイを薄気味悪そうにエドは見返した。
「それよりオレ、顔洗ってコレ落として来る。」
そう言って、通りがかりに手洗いに入ろうとしたエドをロイが呼び止めた。
「鋼の、君は知らないだろうが、化粧というのは水で洗ったくらいでは落ちんぞ。」
え、とエドが立ち止まる。
「じゃあどうすんだよ。」
困惑したような表情のエドにロイ入は言った。
「化粧を落とすにはクレンジングという専用のクリームが必要でな。何、中尉が持っているだろうから借りてやろう。」
そう言うと、ロイはエドを半ば引きずるように伴って歩き始めた。
「ま、待てよ、じゃあこの顔のまま大佐の部屋まで行けってのかよ?!」
冗談じゃないぜ!というエドの叫びは、きれいにロイに無視されたのだった。


その後、そのまま連行されたエドが、ロイ・マスタング直属の気のいい、しかし上官に似てタチの悪い部下達に、からかわれたのは言うまでもない。

END

2005/02/26/UP

ロイエドというか、軍の女性陣(不特定多数)×エド?どっちにしろエド総受け?!(笑)
まあ単に化粧されたってだけで、エドは迷惑でしょうが何がどうという訳ではないですが。
まあ要するにタダの遊び心というか、いたずら心ですよ。
不特定多数の軍のお姉さん方ではないですが、エドってどうもからかって遊びたくなるのよね〜(笑)
ちなみに裏のエドウィンバレンタイン文「Present Time」と微妙につながってます。



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