■深夜の拾い物■



けぶるような雨が降っていた。

とっぷりと日も暮れて、深夜に近い時間にやっと司令部の建物から出てきたロイ・マスタング大佐は、降り注ぐ雨の音を聞いてはぁっと溜息をつくと、肩こりをほぐすように両の肩を2、3度まわした。ポキポキと音がした。

本当なら今日はジョセフィーヌとデートだったはずなのに・・・・

そう思うとまた溜息が出た。
だが、いつも通り仕事をほったらかして定刻に執務室を出ようとしたところを、彼の優秀な副官に止められたのだ。
書類と、拳銃を突きつけられて。
・・・・あの時の中尉の笑顔は、美しいだけに世にも恐ろしかった・・・・と、ロイは身震いをした。
だが、その彼女はまだ執務室で、最後の書類の整理をしてくれているのだ、名実共に彼女の働きで成り立っている自分の仕事だ、文句を言ってはバチが当たると、ロイは建物の一角を見上げた。
そこだけまだ、ぽつりと明かりが灯っていた。







さて、ここで待っていれば、迎えの車が来て自宅まで送ってくれるはずだが・・・・と辺りを見渡すロイの目に、赤いコートが映った。
「・・・・鋼の?!」
驚いて声をかけると、フードをすっぽりと被った小柄な体がぴくりと反応して顔を上げた。
見知った顔を見つけて「しまった」とでも言いたげな表情をしてるその子供は、やはり最年少国家錬金術師、エドワード・エルリックに間違いなかった。
もうずいぶん雨に打たれたのか、トレードマークの赤いコートは水分を含んで重そうだ。

子供はとっくにベッドに入っている時間帯だ。
大人だって、あまり出歩く時間ではない。しかも、こんな雨の中を、濡れ鼠になってなど。
「・・・・や、やぁ、大佐・・・・」
そう言って片手を上げて苦笑いして見せたエドの顔は、悪戯を見つかった幼い子供のようだった。
「どうしたんだ、こんな所でこんなに濡れて。」
ロイは驚くというより呆れて、びしょぬれのエドを見下ろした。エドはバツが悪そうにその視線から逃れるようにそっぽを向いた。
「別に・・・・なんだっていいだろ・・・」
「子供がこんな時間にそんな姿で出歩いているのを、大人として見過ごす訳にはいかないな。」
「子供扱いすんな!」
ロイの言葉に勢いよく反論したものの、一応心配されていることは判るのだろう、エドはぽつぽつと語り出した。
「アルと喧嘩して・・・その・・・・宿出て来ちまったから・・・・」
軍部の仮眠室でも借りようかと思って・・・と、誤魔化すようにエヘへと笑いながら語るエドにロイは今度こそ呆れた。
「そんなに濡れたままの格好であんな所で寝たら風邪をひくぞ。」
子供のゲンカに口を挟むつもりはないが、こんな雨の中を飛び出して来るとは。
子供扱いするなと怒る割りにはやることが子供じみている。
仮眠室と言っても、簡易ベッドと清潔とは言い難い毛布が置いてあるだけの場所だ。
まして今は暖かいと言える季節でもない。雨露はしのげても、びしょ濡れのこんな姿のままあんな所で夜を明かしたら、確実に風邪をひいてしまう。
「別に・・・・あんたには関係ないだろう。」
拗ねたようにそう言って下を向いたエドは、次の瞬間体ごとロイに持ち上げられた。まるで荷物のように。
「うわ!何すんだよ?!」
じたばたと暴れるエドをロイは肩の上で軽々と抱えている。
「こんな所で夜明かしさせる訳にもいかないからな、とりあえず私の自宅まで連行する。」
本当は宿に送り届けてやるのが一番なのだろうが、喧嘩した弟の所には、今夜は戻るつもりはないのだろう。
丁度滑り込むように走ってきた迎えの車に、エドを抱えたまま乗り込む。
「そんな冷えた体であんな所にいて風邪でもひかれては、私が部下の管理がなってないなどと言われる事になりかねんからな。」
ロイをねたむ者は多い。重箱の隅をつつくように、少しでも何かあるとつけいりたがる連中はごまんといる。
こんな些細な事でも、何を言われるか判ったものではない。

それに・・・

「仮にも君は女の子だろう?もう少し自分を大事にしたまえ。」
車が走り出す寸前そう言うと、暴れていたエドが少し大人しくなった気がした。










「大佐んちって初めて来たな。」
珍しそうに玄関ホールから中を見渡しながらエドは言った。
「そうだったか?」
軍服の上着を脱ぎながら、ロイは気のなさそうな返事をする。
男の一人暮らしにはいささか広すぎる部屋を、エドは珍しそうにキョロキョロと見回していた。
そのエドに、バスルームはあっちだと指差して教える。
「オレ、別に大佐に世話になるつもりなんかないんだけど・・・」
そう言ったそばから、エドは盛大にくしゃみをした。
「体は冷え切っているようだな。」
ほれみろと言わんばかりにエドにタオルと、着替え代わりのロイの寝間着を押しつけた。
女の子を濡れ鼠のまま放っておくほど、酷い男ではないつもりだ。
「生憎君が着るような服はないがな。」
「むさ苦しい男所帯にあったらおかしいだろ・・・」
女たらしで知られたマスタング大佐の自宅なら、女物の服の一つや二つあってもおかしくない気もしないでもないが。
それには答えずに、ロイはお嬢様につかえる執事のような物腰で体を曲げると、少々おどけた口調で少女に言った。
「なんなら今度ドレスでもプレゼントしてあげようか、レディ?」
「げ、気持ちワリィ・・・・」
女の子なのに、女の子扱いされるのをエドは嫌う。
もっとも何かと不便も不自由もあるので女の子であるというのは隠しているし、普段の動向ががさつ・・・もとい、控え目な言い方をしても男っぽいから、エドが実は女の子であるというのを知っている軍部の人間はごく僅かだが。

眉間に皺を寄せたエドをバスルームに押し込めると、ロイはやれやれと溜息をついた。




僅かに漏れ聞こえていたシャワーの音が止んで、バスルームの方から機械鎧と生身の足を交互に動かすカチャリ、ぺたりという足音が聞こえてきたのは、ロイがグラスに注いだブランデーを一杯飲み干した時だった。
タオルで髪をがしがしと乱暴に拭きながら、エドがさっぱりとした顔で現れる。
解かれた金色の髪が部屋の明かりに反射して、僅かにキラキラと輝いている。
だが、元々着ていた黒いシャツと皮パンツをきっちり着込んだその格好に、ロイが顔を顰めた。
「・・・・着替えは渡したはずだが、どうしてちゃんと着ないのだ、君は。」
「だって、大きすぎるんだよ。」
引きずってうっとおしいし、とエドは取り合わない。
「それも濡れているだろう、そのままでは風邪をひく。」
上にコートを着ていたから、中の服はそれほどでもないだろうが、それでもやはり雨水を含んで湿り気を帯びている。
雨で濡れた体に着るような物ではない。
「いいだろ、別に。オレの勝手だ。」
そう言ってエドはプイと横を向いた。
シャワーを借りたのはともかく、本当に必要以上に世話になる気はないらしい。
サイズが合わないというのは、まあ本当なのだろうが。

ロイはやれやれと溜息をついた。
どうにもこのお姫様は聞き分けがない。こんな時くらい大人の世話になったって、バチは当たらないというのに。
「まったく、こんな物を着ていては風邪をひくだろう?」
ロイはエドの腕を掴んでぐい、と引き寄せると、まるでダンスに誘うように腰に手を回した。
「ほら、服も濡れているじゃないか。」
手や腕に当たる衣服は、やはり湿り気を帯びていて、せっかく暖まったエドの体温を徐々に奪っているようだ。
「馬鹿、やめろ、触るな。」
急に引き寄せられて僅かの頬を染めたものの、照れ隠しなのか本気で嫌がっているのかまるで痴漢にでも遭ったかのように腕の中で騒ぐエドに流石のロイも多少むっとしたような表情になった。
「聞き分けがないな、君は。それとも私に着替えさせて欲しかったのかね?」
「そんな訳がある・・・・か・・・・?!」
エドが言い返すより早く、手近なソファに押し倒されて、エドは目を白黒させた。
男の一人暮らしには少々大きすぎるソファに、小柄な体はあっさりと組み敷かれる。
「それなら早くそう言ってくれれば、優しくしてやったんだがな。」
見下ろすロイの表情は、照明逆光で影になっていて、こんなに近い距離なのによく見えない。
ただ、体はがっちりと押さえつけられて、エドが振りほどこうとしてもびくともしない。
男と女の・・・・まして少女と大人の体格差の違いをまざまざと見せつけられるようだった。
「ちょ・・・ジョーダンはやめろよ、大佐・・・・・」
「冗談に見えるかね?」
つ・・・と服の上から腹の辺りを撫でられて、エドは身震いした。
それは湿ったシャツが冷たかったからなのか、それともロイに触れられたせいなのかはエドには判断がつかなかった。
そしてまだ状況を認識出来ずにいる間にも、男の手はシャツの中に滑り込んでくる。
中途半端にエドの黒いシャツをたくし上げると、ロイはその手をベルトのバックルにかけた。
カチャリという金属の音がして、エドの体がびくんと跳ねたのが、密着したロイにダイレクトに伝わった。

「や・・・・・やだっ!大佐、止め・・・・・・っ!!」
ロイの腕の中で、突然エドが藻掻くように暴れ出した。
「嫌・・・・いやだぁ!!」
組み敷かれた不自由な状態で、必死になって身を捩ると、不意に体が軽くなった。
「あ・・・・・?」
ロイが離れた事を理解すると、さっと身を翻してソファの端まで行って、エドはロイと距離を取った。
危険を感じた小動物のように体を縮こまらせながらロイを睨む。
だがロイはいつの間にか向かい側のソファに移動して、何事もなかったかのようにゆったりとブランデーの入ったグラスを傾けている。
「嫌なら早く自分で着替えなさい。」
ふーやれやれと溜息をついて、子供に諭すようにロイはそう言った。
「え・・・・な・・・・・?」
エドは訳が判らずに、口をぱくぱくさせている。
「それと、廊下の一番奥がゲストルームだ。もっとも最近掃除はしていないから、少々埃っぽいかも知れないが、とりあえずそこで休んでくれ。」
グラスをコトンとテーブルに置くと、部屋の奥を指差してロイはニヤッと笑った。
「独り寝が寂しかったらゲストルームの隣が私の部屋だから、なんなら一緒に寝てやってもいいが?」
そこでやっとからかわれている事に気が付いたエドの顔が、かぁっと朱に染まった。
「だ、誰が!!」
そう叫ぶと、着替えを抱えて部屋を飛び出した。
乱暴な音を立てて扉を閉めたのだけが、その時エドに出来たそめてもの抵抗だった。

後に残されたロイは、エドの出て行った扉をしばらく眺めてから、やがて堪えきれなくなったように、くっくっと声を押さえて笑い始めたのだった。









言われた通りのゲストルームらしき部屋に逃げ込むようにして入ると、エドは後ろ手に扉を閉めて、ハアっと息をついた。
心臓が五月蠅いほどにドキドキと鼓動している。
そのままずるずると扉にもたれるようにへたり込むと、エドは持っていた着替えを抱え治して蹲った。
ロイの寝間着だと思われる借り物の着替えからは、心なしかロイの香りがするような気がした。
比較的きれいそうな物ではあるが、ちゃんと洗濯しているのだろうかとちょっとだけ考えた。
抱え直したその着替えがロイのだと思うと、また心臓の鼓動が跳ね上がった気がする。

「・・・・・眠れなくなるじゃないか・・・・・・」

エドはそうつぶやいて、ロイの匂いのする寝間着をぎゅうっと抱え込んだ。


END

2006/03/10/UP


なんとなく書きたくなって書き始めたにょたエドです。
リンエドの「知的好奇心?」の話と違って、こっちは最初からエド姉さんです。
でも途中で、別ににょたじゃなくても良かったかも・・・とか思ったり。そのまんま兄さんでも、なんの問題もない話ですよねえ?コレ(^^;)
しかし、なんだか女の子相手だと、うちの大佐は理性的な人にでもなるんでしょうか?
これ、かなり途中で文章書き直したんですが、最初はもっと保護者のような態度の大佐でした。
今でも、なんかそんな気があると言うより、単にからかってるだけって感じだし(^^;)そんな大佐はこのサイトでは不用です!(笑)
反対に、なんとなくエドの方が大佐に淡い恋心でも抱いてるような塩梅・・・・・まったく、自分で書いておいてなんですが、どうなってるんだか!(爆)



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